古谷実 わにとかげぎす ヤングマガジンコミックス

わにとかげぎす(1) (ヤンマガKCスペシャル)

わにとかげぎす(1) (ヤンマガKCスペシャル)

グリーンヒル以降、古谷実の作風は一貫してダークだ。拳銃パンパン。誰か死ぬ。しかしハードボイルドでもなく、グロテスクでもない。普通のひとがちょっとしたことで道を踏み外し、巻き込まれてテンパっていく。そこで描かれるのは「外界の恐ろしさ」だ。人が死ぬことが恐ろしいのではなく、95年チックに言うと「他人の恐怖」
自分から地続きの外界は無限に広がっている。そこにはキチガイもヤクザも人殺しもごっちゃになっていて、誰にぶつかるか分からない。外界に踏み出せば、ぶつかる可能性は格段に高くなっていく。それを避けるためには一歩も外に出ないことが最善の方法だ。
わにとかげぎす」の主人公富岡は、ほとんど外界に出ることなく生きてきた。32歳。友達ナシ彼女ナシ。仕事は夜勤の警備員で人と接する機会はほとんど無し。外界の恐怖にさらされること無く生きてきた彼はある日気づく「孤独は罪だ ましてや困難から逃れるためのそれは・・・」
「友達をください!」と星に願ったその日から、富岡の生活はいきなり外界の恐怖にさらされまくる。拾ったホームレスの借金を肩代わりしたり、隣部屋の羽田さん(超美人のボイン)に惚れられたり、バカが2人も部下についたり。32年間サボり通してきたツケが一気に払われるような日々。キツそう。辛そう。でも富岡は「思っていたより悪くない」と思う。
そこで済んだら普通の引きこもり救済漫画だが、今回もやっぱり拳銃とヤクザとキチガイと人殺し。
富岡は踏み出したことで、望んでいたこと以上の幸福が与えられた。しかしその代償も莫大。目の前を横切る幸福を掴んだとしても、だいたいはキツイ代償が待っている。それでも、幸福に手を伸ばすか?高速で過ぎていく幸福のリスクを、判断している余裕はない。
そこで、手に入れようぜ!と鼓舞するわけでもなく、止めとけ、と諭すわけでもない。写実的な描き方は古谷実の得意とするところ。
派手な事件や描写は、それ自体は普通、もしくは若干陳腐。しかしそうやってドラマ性を切り捨ててでも、キャラ内面の描写を先行させる漫画として、非常に秀逸。(肉彦)