極上生徒会

han-cho2006-12-23

作品 極上生徒会
作者 まったくモー助
出版社 メディアワークス
掲載誌 月刊電撃コミックガオ!
連載期間 2005年4月号〜
巻数 既刊2巻


極上生徒会(極上)は失敗作である。
それは全回通じて、作画がやばかったり、くだらないギャグで突き抜けた当然の結果である。
しかし、実はそれと同時に極上はある種、最高の実験作とも言える。
極上はよくある萌えアニメと切り捨てる貴方はいささか早計で早漏だ。


よくある萌えアニメと評価された場合、前半は間違いで後半は正解。
つまり、極上とは珍しい萌えアニメという意味なの。


この話を還元していけば、そもそも萌えって何ですか?って話になってしまう。
萌えという言葉にはあまりに多くの価値が含まれており
結果、その単語自体が多元的インフレーションを引き起こしてしまった。
(なんでもかんでもカワイイって言えばいいのと一緒)


ただ突きつめていけば、それはキャラの声であったり髪であったり性格であったり
何らかの要素にときめきメモリアルな状況を指す。
そして、厳密に言えばそれら要素が集合体となったキャラクターを愛している状態を
一言で萌えと表現すべきなのだろう。
つまりはキャラのあらゆる要素を含み、それを全て受け入れられた時点で
やっと萌えという段階に我々は足を踏み入れそのまま落下していくわけだ。
それ以前では、一部分のみを指して萌えと言う行為(ウンコに群がる蠅萌え!)は許されるが
全体に向かって萌えと評価する(ウンコ萌え!)ことは、邪道だと思われる。


それを以って見ると、近年の萌えを巡る小宇宙は異常。
なぜならばKANONTO HEARTと言った純愛モノが萌えという言葉を
世界に対して本質的に発生せしめたからだ。
あれは萌えアニメではなく、純愛ゲームである。
純愛にのみ焦点が当てられ、それ以上の日常というのがかいま見れない。


萌えには、多くの要素が結合されたそのキャラに対してのみ
使用されるべき単語であることは先ほど述べた。
では極上はどうか。ギリギリ合格点である。


極上の中のキャラはとにかく楽しい。
みな個性的であり、そして最も重要な部分として
彼等の日常がストーリーの核となることだ。
会長に対する愛というものはあるにはあるが
それでもこのアニメの主題自体、何気ない日常という意味で描かれたからし
キャラたちの日常が常に横行する極上はつまり
キャラの全ての要素が結合されるべく日常風景を我々が見ることによって
我々は真の萌えを見たと言えるわけである。


その意味で、極上は真の萌えアニメである。
また桜蘭高校ホスト部は、この極上スタイルを失敗に終わらせず
大成功に終わらせた漫画・アニメであるので
是非参考にしてみてください。しなくてもいいです。マジアカ最高。